UNRE LABS · INDEPENDENT JOURNAL創刊準備号 · 2026
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選び方 · EDITORIAL GUIDE

鉛筆はどう生まれた?黒鉛と木軸の歴史を三菱鉛筆の資料でたどる

黒鉛と木の組み合わせは、一度に完成したものではない。1560年代のイギリスで良質な黒鉛が見つかり、それを削って板にはめ込む簡単な筆記具が生まれた。黒鉛が掘りつくされると粉を固めて芯にする工夫が始まり、1795年にフランスのニコラス・ジャック・コンテが黒鉛と粘土を混ぜて焼き固める方法を考えた。三菱鉛筆は、今の芯も基本的にこのコンテの方法で作られていると説明している。日本では明治維新後に本格的に使われ始め、明治20年に眞崎仁六が工業としての鉛筆製造を始めた。本稿は三菱鉛筆の公式資料3ページ(2026年10月22日確認)をもとに、その流れと、今の鉛筆を見るときの確認点を整理する。

三菱鉛筆「えんぴつができるまで」ページに掲載された鉛筆製造工程の写真

この記事でいう「鉛筆」とは何か

対象は、黒鉛を主原料とする芯を木の軸で包んだ木軸鉛筆である。三菱鉛筆の「よくあるご質問」は、黒い芯(墨芯)を「黒鉛と粘土でできています」と説明している。同じページによると、色鉛筆の色芯は粘土を使わず、色を出す顔料、書き味のためのタルクやロウ、固めるための糊などでできている。黒鉛と粘土の芯という話は黒い鉛筆に限った話で、色鉛筆は材料の組み立てが別物だ。名前に「鉛」の字が入るが、参照した資料が挙げる墨芯の材料は黒鉛と粘土で、鉛は出てこない。シャープペンシルの替芯は本稿では扱わない。

最初の鉛筆はどんな形だったのか

三菱鉛筆の「えんぴつの歴史」によると、1560年代にイギリスのボローデール鉱山で良質の黒鉛が発見され、黒くなめらかな性質が注目された。細かく切ったり、握る部分をひもで巻いたりして筆記具として使われるようになったという。世界最初の鉛筆は、黒鉛を板状か棒状に削り、板にはめ込むという簡単なものだった。黒鉛に直接糸を巻き付けただけのものもあった。この時点で「黒鉛を別の素材で包んで持つ」という発想はすでにある。ただし芯は鉱山から出た黒鉛そのもので、出来は原料の質に左右されたと考えられる。ここは資料からの推測である。

黒鉛が尽きたあと、芯はどう変わったのか

ボローデールの黒鉛を掘りつくすと、黒鉛の粉末と硫黄を混ぜて溶かし、練り固めて棒状にする方法が考え出された。1760年にはドイツのカスパー・ファーバーが、黒鉛の粉を硫黄などで固めた芯を作っている。転機は1795年だ。コンテは硫黄の代わりに粘土を黒鉛に混ぜて焼き固め、混ぜる比率を変えれば芯の硬さが変わることを発見した。天然の塊を削り出す段階から、粉を配合して焼く段階へ移ったことで、硬さを狙って作り分けられるようになった。黒鉛と木の組み合わせが広く普及した背景には、この「作れる芯」の成立があったと編集部はみている。これも推測であり、資料が普及の理由として明記しているわけではない。

日本ではいつから使われたのか

日本に残る最も古い鉛筆とされるのは、静岡県の久能山東照宮博物館に徳川家康の遺品として展示されている約6cmの1本だ。芯はメキシコ産、柄は赤樫でできている。渡来の記録はなく、スペイン、あるいは当時その属領だったメキシコかフィリピンから献上されたものといわれる。伊達政宗も鉛筆を使っていたと考えられ、1974年に墓所の瑞鳳殿を発掘した際、約7cmの鉛筆が見つかった。

本格的に使われるようになったのは明治維新後で、ドイツからの輸入品だったため、使う人はごく一部だった。ふだんの筆記具は筆と石筆、手製の鵞ペンだったという。工業としての鉛筆製造を始めたのは眞崎仁六で、明治20年に東京市四谷区内藤新宿1番地(現在の新宿区内藤町1番地)に「眞崎鉛筆製造所」をつくった。水車を動力とする工場で、これが三菱鉛筆株式会社の始まりである。

今の鉛筆はどう作られているのか

三菱鉛筆の「えんぴつができるまで」によると、芯は黒鉛と粘土に水を加えてミキサーで練り、直径10.5センチ、長さ35センチほどの丸い筒の形にするところから始まる。芯は20センチほどに切りそろえて炉で焼き固め、熱い油をしみこませて冷やす。軸は主にインセンスシダーで、同じページではアメリカ・カリフォルニア州のシエラ・ネバダ山中に育つヒノキの1種と説明されている。この木は加工されたスラットという板の形で日本に運ばれ、溝を彫り、接着剤で芯を入れ、2枚を貼り合わせて上下を削り、1本ずつに分ける。その後、塗料を何度も塗り、両端を切り落として1ダースずつ箱に詰める。木の大きさについては、同社の「よくあるご質問」によると、インセンスシダーは高さ30メートル、直径1メートルにもなる。

芯の焼成温度:1,000℃〜1,200℃

スラットの寸法:長さ185ミリ、幅70ミリ、厚さ5ミリ

1枚のスラットにつける溝:9本

コンテ以前と以後で何が違うのか

資料の記述を時代順に並べると、違いは芯の作り方に集中している。

1560年代〜:良質の黒鉛が見つかり、削って板にはめ込む最初の鉛筆が生まれる

1760年:黒鉛の粉を硫黄などで固めた芯

1795年以降:黒鉛と粘土を混ぜて焼き固め、比率で硬さを変える

現在の墨芯:黒鉛と粘土を練り、1,000℃〜1,200℃で焼いて油をしみこませる

現在の色芯:粘土を使わず、顔料、タルク、ロウ、糊などで作る

板にはめ込む形は最初の鉛筆からあり、変わったのは中身だ。今の黒い鉛筆は、焼き固めた芯を2枚の板で挟む構造で、コンテの方法の延長にある。

鉛筆を選ぶとき、何を確かめればよいか

1つ目は、黒い鉛筆か色鉛筆か。芯の材料が根本から違うため、同じ物差しで比べない。2つ目は硬さの表示だ。硬さは黒鉛と粘土の比率で作り分けられているので、用途に合う硬さが用意されているかを製品ページで確かめる。3つ目は軸の材で、三菱鉛筆は主にインセンスシダーを使うと説明している。他社の鉛筆の材は各社の資料で確かめたい。由来や工程をさらに知りたい場合は、下の出典に挙げた三菱鉛筆の3ページが入口になる。

編集部の見立て

鉛筆の歴史を自由研究や授業で扱う保護者や教員には、三菱鉛筆の「えんぴつの歴史」と「えんぴつができるまで」を並べて読むことを勧める。前者で1560年代から1795年までの芯の変化が、後者で今の工程が分かり、コンテの方法が今も使われていることを自分で確かめられる。硬さ選びに迷う人は、黒鉛と粘土の比率で硬さが決まるという原理を押さえてから製品ページを見ると、表示の意味がつかみやすい。色鉛筆と黒い鉛筆は材料が違うので、書き比べの前にまず材料の違いを確認しておくとよい。

出典・参考

https://www.mpuni.co.jp/special/qa/history.html

https://www.mpuni.co.jp/customer/pencil/qa_01.html

https://www.mpuni.co.jp/special/tour/pencil.html